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レビューとメモ

グンマー(館林中心。たまに栃木)でイラストレーター(というか、デザイナー)を細々とやってる永本の一言レビューとかメモとか覚え書きのようなものです。

サイ トゥオンブリー:紙の作品、50年の軌跡

展覧会 art

 

www.fashion-press.net

 

 

 魔法のような絵画 ☆☆☆

 

 

 話題のサイトゥオンブリーの展覧会を見てきた。紙の作品だけという事で、どうなのかなーと思っていたが、見に行ったら、素晴らしい作品の数々で非常に良かった。

 

 

 内容は、子どものラクガキのようなものを色々な画材で構成して、自在に描く。といった感じ。ただそれだけ。

 

 

 一見、単純な絵に見えるが、使ってる要素は意外と多くて、かなり構成が複雑な印象。そして、絵がほとんど完璧に決まっているように見える。これには驚く。見てて、魔法か!と思うような。

 

 

 推測だけど、たぶん描き方は単純なのだけど、蓄積の過程が複雑なのだと思う。簡単に描けそうというか、構造を知れば、簡単に似たものが描けると思うけど、これを描くのは容易ではないというか、奇跡的な感じすらする。というのも、実際に絵を描いてる人間なら分かると思うのですが、ラクガキのように描いた絵は、単純には、このようには「決まらない」ので。描きすぎたり、描き足りなかったり、構成が狂ってたり、コラージュがダサかったり。

 

 

 こういうのも、子どもが描くと、逆にわりかし素直に線が出たりして気持ちよいのだけど、それ故に匿名性が高く、理知的でもないので、流石に「作品」と呼ぶには無理がある(個人差も運もあるので、全部がそうなるとまでは言えないけど)。

 

 コラージュも教えると、教えた側の人間の意識がもろに出てしまい、それはそれで良いコラボになる時もあるけど、少し何処かが抜けてしまう。やっぱり、画面が支配されてないものになってしまい、うまく決まらない。

 

 反面、大人がラクガキをやると理知的すぎるか、理知的であるのに知識が足らないか、あざとさみたいなものが出てしまい、作品にしようとすると、うまく収まらないものが多い。特に構成とか、結構、難しくて、何処で止めればいいか、うまい収まりどころがない絵が多く、特に自動筆記みたいな手法は止まりづらいので、描きすぎてしまう事も多いはず。

 

 そういうのが、サイトゥオンブリーの絵は、かなりラクガキの良さに近く、スッと出てて、自由度を感じ、なおかつ良いあんばいに「止まってる」。とにかく「ピタッ」としてるなーと。そういう強度を感じる。

 

 結構、直したり付け足したりも多いと思うのだけど、そういうのも含めて、決まってるものが多かったなというのが一番の印象かなと。いっぱい描いた中で優れたものだけ残してるからなんだろうけど、でも、そうでもないのかなと思う部分もある。単に天才なのか?とか。

 

 例えば、線とか、塗りとか、或いは、ちょっとしたコラージュとかが、いちいち粋なので、こういうのはセンスというべきか、たぶん何らかの蓄積なんだろうけど、とにかく常人に描くのは無理だと感じる。この展覧会では、基本的に年代順に作品が置いてあるのですが、後ろの方に行くに従って絵が良くなって行ったので、そういう意味でも蓄積による絵なのかなーとは思う。そして、そこも凄い。(晩年の方が良いのは、トレンドによる作用の可能性もあるので、100年後とかにフラットに見たら、また違う感想になるかもしれないけど)

 

 いずれにせよ、こういう技法に特徴がある絵は似たものを描くと似てるなーという感想にしかならないので、ラクガキ的な絵を描けば、サイトゥオンブリーみたいだなーとなるような作家ではある。なので、唯一無二といえば、唯一無二で、似たような作品は今後も出続けるだろうけども、美術の世界、先にやったもん勝ちみたいな所もなくもなく、この路線は、ある意味ではデッドエンドしてるのかも。ポロックとかバーネットニューマンの路線がそうであるように。 

 

 とはいえ、展覧会の最後の部屋を抜けたその先に奈良美智さんのドローイングルームがあるのだけど、こちらは常設なので、たまたまな部分もあるんだろうけど、この構成も面白かった。というのも、サイトゥオンブリーを見た後に奈良さんのドローイングを見ると、ん?そういえば、似た部分があるな。と思う所もあったから。こういう所に美術の世界の「更新」を感じる。

 

 作品年代的にも最後の部屋と奈良さんの部屋にあるものはそんなに違いはないはずで、そういう意味でも最後ちょっと対比的になってる所もこの展覧会の意外な面白さではありました。