レビューとメモ

見た展示や動画などの一言レビューとかメモとか覚え書きのようなものです。

日記

 本日もジョギング。旅行の疲れか気候のせいか両方か、かなり身体が重かったが、走れば何とか大丈夫になるのが夏の良さかな。ただ、汗をかくと冷えを感じたので、あまり状態は良くないのかも。あと、夏場は結構、走った後に疲れが残る気はする。

 


 しかし、折角、温泉に行ったもののルーティーンは崩れて、体調もイマイチで、結局、もはやルーティーン状態が楽なんだなとか思わなくもないけど、肩は良くなったので良かったか。ひとまず、思い出は必要なので、たびたび旅行に行くのは良いかもしれないがワーケーションは無理だなとか思った。意外と体力がなかった。もしくはもっと近場の方がよかった。ゆっくり長期で時間が取れれば、草津が一番良いんだけども。

 


 ディズニープラスでスパイダーマンが見られるようになったのは良いのだが、ノーウェイホームが無いので、結局、レンタルしようと思ってるんだけど、アマプラにするか、Googleプレイにするかで若干迷ってるうちにディズニープラスに来ないかなーと思ってるうちに時が経つ。というか、映画というのも、サブスクでふらっと見るには良いけど、いざ見るぞ!と意気込むと意外と時間を作るのに面倒な感じもあって、そうこうするうちにディズニープラスではとっくの昔にドクターストレンジMOMが来てるので、さっさとノーウェイホーム見て、先に進みたい感じだが、ザ・バットマンも見たいし。ビートルズやウータンクランの奴も見てないし。見るのがいっぱいあるんだよなー。というような。

 

 

 というか、ムーンナイトも途中なんだけど、これはもう良いかなという気になっている。ていうか、フェーズ4今のところ相互に関連なさすぎて、スパイダーマン以外あんまり面白くないのだが、唯一、普通の作りのホークアイが面白かったので、結局は初代アベンジャーズが好きなだけなのか。でも、多分、ミズマーベルも面白い気がする。早くそこまでいかねば!明日はジャンプも無いし。チャンスだけど、野球があるんだよなー。いや、嬉しいけど、結局、野球のせいで映画見れない感はある。せいって事もないけど。野球の方が好きだけど。

 

 まあ、しかし、ジャンプが明後日なのは若干困るな。自分のルーティーン的には。ジャンプ読みたい!

 

寿司

 

SAKAMOTODAYS

 ジャンプの最新系として「SAKAMOTO DAYS」について書く。略称はサカモトの方がしっくりくるが、主人公の個人名が「坂本」で分かりづらいので、以後「サカデイ」と書く。


 ジャンプの最新系と書いたが、ここ数週間で、もはや「あかね噺」や「ルリドラゴン」の方が最新系っぽいけど、その二つはバトルものじゃないのとまだサカデイほど人気が確定的じゃないので、とりあえず置いておく。


 基本的にサカデイはロケーションを活かした戦闘描写が特徴のバトルもので、ある種、ドラゴンボールぐらいあまり考えずに読める漫画だが、構造的には、結構、最新系(もしくは現行の人気漫画のオルタナティブ)の部分もあるのではないか。その事について。


 サカデイのストーリーは、そもそも謎だらけのまま進行しているが、現在では、謎の殺し屋組織(殺連)のORDERと謎の殺し屋組織X(スラー)が対立しており、それに元ORDERの坂本(商店)が巻き込まれているというのが大体のストーリーだ。


 基本、この世界には謎が多く、その謎解きも話の引っ張りどころではあるのだが、これはワンピースとは何か?Dとは何か?が引っ張りどころのワンピースと構成が近いかもしれない。2つの強い組織があって、互いに対立して争ってるのも海賊同士のバトルに近いといえば、近い。連載が伸びれば、だんだん組織が増えていく展開もあり得るだろう。


 ORDERは殺し屋だが、その名の通り、秩序を与える存在で、言ってしまえば、ワンピースの七武海みたいなものである。ORDERのメンバーは一人一人が強キャラで、深掘りすることにより、無限に話が続きそうなところも似ている。


 Xは、今のところ、ほぼ全く何か分からないが、描かれ方としては反体制みたいな感じで、基本、あまり両者の善悪の判別はつかない。描かれ方としてはX側が敵なのだが、今のところ、どう見ても、Xの方が弱くゲリラ的で、あまり強悪感が無い。そこも特徴だろう。これは呪術の羂索のあり方にも近いかもしれないが、今のところ、ああいう明確な意思が描かれておらず、まだかなり戦いの理由が謎のままだ。


 主人公は殺し屋からリタイアした大人で達観しており、(擬似も含む)家族を守るのが目的の受動側である。「海賊王に俺はなる!」とか「世界最強になる!」のような能動的な目的はなく、懸賞金をかけられて仕方なく出てくる敵に対処してるだけなので、かなり被災者的である。描写も破壊が多く、ロケーションを丁寧に書いてる所は呪術にも近い印象だが、これは東日本大震災を経験した日本的な描写となっているのではないか。


 殺し屋の話なので警察はどうかというと、最初の方にちょろっと出てきたので、いるにはいるが、ほとんど機能していない。ここが海軍のいるワンピースと一番の違いとなる。そして、ヒロアカとの明確な違いでもある。つまり、サカデイの世界はヒーローも公権力も機能していないアナーキーな世界である。ここが特徴だろう。


 全体的にコメディタッチに描かれてるからそうは感じさせないが、殺し屋達の争いは明確に市民生活に浸食しているので、これはいわばヒロアカでいうところのAFOの支配する世界に近い。ヒロアカでは死柄木の話の中で、わずかに超常能力社会が加速する世界を想起させているが、ヒーローなき世界でも悪同士故の対立は起こり、結局、力の優劣で秩序が決まっていく世界が起こり得る事をこの漫画は先んじて(というか、ヒロアカはヒーロー側が勝つだろうからオルタナティブとして)描いているとも言える。まあ、ORDERはAFOほど嫌なやつに描かれてないのでヒーロー的な面もあるが、この秩序を崩せる存在がないという意味で支配的だし。そもそも、この構図からいくと逆にゲリラ的なX側が正義のようでもある。


 また、ヒロアカとの対比で言うと、シンがデク的で、主人公の坂本がオールマイト側と年齢層が真逆なのも興味深い。これは高齢化したジャンプの年齢層を反映しているような気もするが、その分、話がリアル寄りになって大人な話が出来ているというのもあるだろう。

 

 坂本は、元最強の殺し屋で、シンはそれに憧れる存在だが、両方とも元殺し屋なので、普通に考えれば、過去に治安を悪くしていた側となる。この辺のフォローはのちに語られる気もするが、設定の時点で坂本が単純なヒーローとなるには無理があり、この点においても、坂本を狙ってるX側が今後、完全に悪となるかどうかが分からない所が巧い所ではある。こうした配置で現行のジャンプ看板漫画に比べて、善悪の価値観をうまく漫画から排除している所がサカデイのオルタナティブなところと言えるのではないか。(但し、スパイファミリーにはちょっと近いかもしれない。その意味でも最新系っぽい)


 「ヒーローとヴィラン」というのはバトル漫画の基本的な構図であり、ちょっと前はヒーローの暴力性に着目し、その構図自体に疑念を投げかける作品が多かった。ヒロアカ も鬼滅もそういう面があるし。アメリカでいえば、「JOKER」や「THE BOYS」など、その二項対立の善悪自体に懐疑を投げかける作品も流行ったりしている。


 しかし、ここから、アメリカの一部はMCUのフェーズ4のようなマルチバースに行ったのだとして、サカデイは、その「外側の人間」を描くことにより、ヒーローもヴィランも「どちらも」災害的なのだという構図を示しているようにも見える。


 これはある意味「チェンソーマン」にも似た構図だが、デンジが色々ありながらも体制側に所属していたのに比べると、坂本は最初から自分の力のみに頼り、家族から頼られる存在として一貫して小さなコミュニティを守る事に終始している所が先行作品との大きな違いだろう。


 これはかなり現実世界の被災状況下での自分の身は身内で守るしか無いという感覚を強調しているのではないか。その意味ではこれは夢のない世界だが、その分、ある意味ではリアルな所もあり、現在の高齢化した少年マンガ状況の最新系と言えなくもないのではないかと思う。今後どのような展開をしていくのか、楽しみにしていきたい。


 (ついでに言っておくと、チェンソーマン2部はサカデイ的な公権力の機能しないアナーキーな展開になるような気はする。というか、1部の最後の方が既にそうかもしれないけど。あと、ルリドラゴンの主人公が竜化してるのに周りが平然としてるのはサカデイに通ずる所がある気がする。完全な余談だが。)

 

 

日記

 昨日は投票行ってジョギングして草津へ。

 

 草津は最近、自分の勝手なルーティーンが増えてきてしまってるので、ところ変わって、気分転換のワーケーションとかしたら良いかなと考えているうちに愛郷ぐんまのサービス期限が切れそうになってたので終了前に憧れの草津へ久々に行っておこう!という感じで行ってみた。そういう終了前=締め切り前じゃないと腰が上がらないのは昨今の仕事の状況と大体一緒であるような気もするが、やはり、草津の泉質は大変良くて、肩もだいぶ軽くなった気がしている。結局、ワークしてないけど。

 

 サカモトに関しての文章を土曜に書いていたがアップしなかったのは旅行前でバタバタしてたのもあるけど、そもそもどんどんルーティーンが増えていくのが不味いような気もしてきたので、わざとルーティーンを崩そうかなとふと思いついて、やめてみた。もちろん、内容の問題もあったが、土曜はまだあまりルーティーン化してないので、やめやすかったのもある。ちなみに最近日曜にやってたインスタの更新も今回やめてみたり。


 こういうのは何で思い立ったかというと、ちょっと前にNHKでランニングをルーティーンにしてる人の話がやってて、その人はやめようと思ってもどうしてもやめられなくなってしまってヤバいみたいな事だったので、ちょっと自分もその気があるのかなと思ってしまったからだ。それ以後、ルーティーンへの依存度が上がらないようにちょっと注意し始めてきたかもしれない。

 

 ラジオ体操にしてもジョギングにしても、そんなにやりたいわけでもないのに、どうしても同じような時間に同じような事をやってないと落ち着かない所がある。気づけば、ラジオ体操の時間に何も予定が入らない調整している事もあるので、若干それもどうだろうと思わなくもなかった所で依存っぽい話がピンと来たのだろう。実際はラジオ体操もジョギングも健康に良い程度で過度にはやってないので問題ないのだが、それ以外にも同様の傾向が見られると複合的に過度になってるのかも。みたいな感じではある。

 

(と言っても、どうしても無理な場合は無理でやってなかったというか、今日もラジオ体操やってないので、今のところはルーティーンは簡単に脱せられるのかもしれない。あと、こうやって振り返るとジョギングやり始めて意外と大雨の日が無かったかもしれない。当初はそういう時に休めればいいやとか思ってた気がするので)。

 

 

DJ風のサルくん

 

日記

 本日もジョギング。いつもよりは時間が早いが、この前よりは遅い時間帯に走る。

 

 朝から身体が重かったので走り出してからも当然重かったが、暑いと意外と活性化して大丈夫だろうと思ったら、案の定、安定してきたので、多少ロングめのいつものコースにした。しかし、信号待ちとかで止まると若干しんどいので、疲れはあるっぽい。というより、冷たいものの飲み過ぎで臓器が悪いのかななどと思った。エアコンのせいかもしれない。しかし、汗も大量に出たので、唇を舐めると塩の味がした。もう夜だが意外と疲れが残ってる感じも。

 

 電書の話だが、ブックウォーカーも使うようになってから、各電子書籍サイトで価格を確かめてから本を買うようになってしまった。主にチェックするのは、kindle、honto、ブックライブ、ブックウォーカーだが、感覚的に言えば、ブックライブが一番安い気がする。ただ、クーポンやら何やらで、もはや価格がよく分からず、いつ買ってもいいやという本はどこかのサイトのクーポン待ちになってるかもしれない。

 

 しかし、これは一般書の話であって、漫画に関しては一番使っている電書サイトはゼブラックであり、ここはそもそも新刊発売日にポイント増で買えるので毎月コツコツ買ってると結果的に全ての本がお得に買えてる状態にある。というわけで、最近は毎月新刊発売日3回とも、きっちりポイントを買っていて、これはもはやサブスクでは?というように同じ金額が出て行っている。そろそろ読むもの無くなってきたので止めるかもしれない(でも、結局、新刊は買うからなー)

 

 そして、今ふと気づいたが、気がつけば、もはや、kindleを一番使ってないかもしれない。というか、結局、電書も買ってるのにまあまあ積読になっており、セールにつられて何で必要のないタイミングで買ってしまってるんだ状態になっている気もする。

 

 カープは秋山が来たという事で期待したいけど、野球の内容(特にバント)にかなり萎えてるので、正直、2位になっても監督変えてくれないかなという感じになってしまっている。いや、1位になったり、ここから優勝争いする事があればまた別だけど。それも淡くちょっと期待してはいる。まだシーズン半分だしな。

 

天ぷらくん

 

ジャンプの流れ(ざっくりと)

 「ヒーローとヴィラン」というヒロアカと鬼滅の文章を書く為に考えてる事を小出しにアップ中(大体、土曜日の予定)

 

=====

 

 ワンピースのあとは、ひと昔前にワンピースと3本柱と言われた「NARUTO」と「ブリーチ」について書く。ただし、ここでは流れだけ、さくっと。

 


 NARUTOとブリーチもワンピースの「海賊」同様、「忍」と「死神」という、どちらかというとダークヒーロー寄りな影に生きる存在を主人公に据えている。ただし、「忍」も「(ブリーチ世界の)死神」も組織的に動いていて、実態的には警察権力に近い。ここが海軍を敵とするワンピースとの明確な違いと言えるだろう。真逆と言っても良いかもしれない。

 


 この時代のハンタやマンキンもどちらかといえば、ハンターやシャーマンのような影のある題材だったことから、影があるのは時代の特徴と捉えても良いかもしれない。これはその前の時代のドラゴンボールが強すぎたので、それに対した主題が好まれたのではないか。

 

 

 ちなみにドラゴンボールの初期は武道であるとして、その前のキン肉マンはプロレス、リンかけはボクシングとかつてのジャンプバトル漫画の柱はスポーツ的である。

 

 ここから、実は悟空も宇宙人となり、同時代の聖闘士星矢が神話的な題材であった事などから、だんだん題材が浮世離れしていったと見ても良いだろう。このへんは、リンかけの途中から萌芽があるが。

 

 また、後期ドラゴンボールの時代の3本柱の一つ「幽遊白書」の魔族もジャンプダークヒーローの系譜であり、「ハンター×ハンター」は現在のジャンプに多大なる影響を与えている作品なので、また後で詳細を書くかも。ブラックエンジェルス、ゴッドサイダージョジョの考察などもあっても良いのかもしれない。

 


 全体的な流れを言うと、ワンピースがドラゴンボール以降のスタンダードとして存在し、その対抗軸として、警察権力側の話、あるいは、よりダークヒーロー的な造形のバトルものでジャンプが成り立っていると言っても良いだろう。(但し、現在人気のSAKAMOTO DAYSは意外とワンピース側なのではないかと思わなくもない。このへんも後で書くかも)

 

 

 これを前提に、この文章の主題である「ヒロアカ」と「鬼滅」を考えてみる。

 


 「ヒロアカ」はそのタイトル通り、王道の「ヒーロー」を主役に据えている。「鬼滅」の鬼殺隊はやや影のある面々ではあるが、こちらも明確に警察に近い存在で共通項がある。つまり、味方側はかなり分かりやすいヒーロー像であり、主人公の正義にあまり疑いがない。もちろん、話自体は複雑で敵に行動の理由をつけることにより善悪の価値を単純にしていない面もあるが、そこがこの両作品のポイントであろう。

 


 これは基本的に後期「NARUTO」に近い構成かもしれない。ナルト後半の相対化された善悪の価値観と「憎しみを持つ存在をどのように救うのか?」というテーマは、かなりヒロアカや鬼滅のテーマに近いような気がする。但し、現在の段階で言えば、ヒロアカも、そして、鬼滅は特にそうだが「救えない悪は倒すしかない」という武力行使を明確に描いていて迷いが薄く、勢力もくっきり二分化され、対立が分かりやすいのが特徴だろう。

 


 ヒロアカと鬼滅は、そもそも「絶対的な巨悪(大ボス)が社会を崩壊させるレベルではない(戦争を起こすわけではない)までも幅を利かせており、それを主人公が倒そうとする」スケール感も割と似ている。この辺も戦争というよりは事件、軍隊というよりは警察的である。チェーンソーマンもそうかもしれない。

 


 このようにヒロアカと鬼滅には共通点があり、交互に読んで思ったのは、ヒロアカ→鬼滅→ヒロアカという流れがあるのではないかという事だ。今後、鬼滅終了を経て、ヒロアカがどういう決着をつけるかは個人的には、かなり楽しみな所である。

 


 と、話の骨子はこんな感じだが、ヒロアカは解放戦線が出てきてから、若干、話が複雑化し、話も終わってないので、最終的にどうなるかは読んでみないと分からないといった所でもある。この文章もそういった展開の想像を元に書いているので、最終的には終わってから、ちゃんと書くが、一応、話のまとまりとしてはこんな感じで。

 


 多分、次はジャンプの最新系ということでサカモトについて書くかも(違うかも)。

 

 

 

日記(リヒター展の感想)

 本日もジョギング。いつもより早めの時間に走る。身体は普通の感じだが、用があるので多少短めに。

 

 昨日はちょっと外に出ただけで熱中症になりそうな感じだったが、朝だとまだ涼しいとは言わないまでも思ったより暑くない。しかし、ミミズや魚の死骸が多く、昨日の暑さを物語っているような。まあ、時間が早いので魚はもしかしたら普段は誰かが掃除してた可能性もなくはないけど。


 用というのはリヒター展を予約して見てきた。

 

richter.exhibit.jp

 

 割と遠いし。予約に時間合わせるの苦手なんだよなーと思ったらギリギリセーフのようなアウトのような時間になったが、一応、待たずに入れて一安心。大手町から歩いたので暑さで入り口の検温効かないだろうなーと思ったら、案の定、引っかかる。結局、別の体温計で測ってくれて問題なしだったけど、ちょっとビビった。ていうか、引っかかってる人多かったな、流石に。

 

 作品は結構良いものが多かったと思うが、期待ほどではないという感じもあり、割と微妙な感想だったけど、なんとなく、もはや、これは自分の方の問題でコロナ禍で現代美術から遠ざかってたせいで抽象画中心の構成に対する見方が弱くなってるような気がしないでもない。全体的には技量が高いと自由なことが出来て良いなーという憧れのようなものは感じるが、すごいピンとくるものがあったかというと、あまりなく。

 

 と言っても、ハースト展同様、見てるうちにそこから離れ難くなったが、この展覧会を見てる最中は、あまり強い感動がなくて、正直、若干の戸惑いを感じてしまった。まあ、過去にリヒターを何回も見てるせいで新鮮味が薄かったのもあるかもしれないが。

 

 小品が混んでて見づらかったのもあり、結局、図録も買ったが、ハーストと違って文章多めでボリュームあるのは流石リヒターなのか?

 

 あと、常設の方は岡崎乾二郎の絵がすごい良かった。ていうか、常設のリヒターの風景画もすごいよかったけど。多分、前にも見たことある気がするので、そういうものの方が今は良いのかも(リヒター展の中でも前にWAKOの展覧会のDMになってる奴があって、おお!とか思ったし。いや、うちにずっとそのDMが飾ってあったからというのもあるけど)。

 

 昨日の長文で疲れたので今日は短めに。

 

 

あつすぎる 外に出るのは つらすぎる

 

ワンピースについてのメモ(の割に長い)

 

 先週もちょっと書いたけど、ヒロアカを通して昨今のヴィランの在り方を考えており、鬼滅と対比して「ヒーローとヴィラン」というタイトルでまとめておこうかと思っている。で、メモ的に土曜日に小出しにアップしてみようかと思っているので、毎週かは不明だけど、気が向いた方は是非。


 と言っても、ヒロアカがまだ終わってないので下準備段階でヒロアカを語るためにヒロアカ以外の漫画の話からまずアップしていこうかと思う。今回は最終章突入前で今最も熱い漫画である「ワンピース」について少し。

 


====

 

 ヒロアカを語るにあたって、絶対に語っておかないといけない存在が同じジャンプのトップ・オブ・トップである「ワンピース」であろう。


 ワンピースは読み口は最初から爽快な王道作品のように感じられるが、主人公が「海賊」という従来であれば、敵方の存在である事から、90年代以降の相対化傾向をかなり反映した作品である。


 そもそもワンピース世界の戦争は基本的には経済戦争モデルであり、グローバルな情報共有がかなり進んでいて、敵との協調でwin-winが成立する相対化された世界でもある。相手が敵になったり味方になったり「絶対悪」は存在せず、ラスボス自体、誰か分からないまま物語が進み、敵方と手を結んだり「利得」ベースで戦いが相対化されているのが特徴だ。(ルフィは若干その構図を否定する存在だが、それでもローやキッドと手を組んでいるし)


 これはヒロアカと鬼滅のような「悪」を描く世界観とは明確に異なる部分であると言えるだろう。そもそもヒロアカと鬼滅は描かれ方として主人公が警察権力(海軍)側であり、ワンピースと逆なのが明確な違いだが、ワンピースのキャラクターの強さが金額で示されるのも(たまたまかもしれないが)かなり経済モデルを反映していると言えなくもない。


 ヒロアカの世界の方が賞金モデルが適用されそうだが、あえてそうしてない=力の行使が管理的であり、この辺はスピンオフの「ヴィジランテ」でも描かれているが、能力があるが故に自警は許されない。しかし、自警こそが自由ではないか?というのはMCUシビルウォーの対立に近いものがある。

 

 いわば、「敵」に対して主観で対応できるのがワンピースだとしたら、主観では対応できないのがヒロアカであり、鬼滅と言えるかもしれない。

 

 では、ワンピースにおいては、その敵がどのように描かれているか?見ていきたい。


 ワンピースにおいて、これが一番明確に描かれたのは、インペルダウン編である。インペルダウンにおいて、看守のマゼランやその部下たちを悪魔的風貌で描く事により、読み口においては善悪の逆転をぼかしているものの話の内容的には「明確に」ルフィ達が「悪」として語られ、世界平和を脅かす存在として描かれている。そして、さらっと流してはいるが、実際にその後、凶悪犯は脱獄し、世界の治安は悪くなっていて、客観的に見ると、ルフィは世の中から悪として見られる方がデフォルトなのだろう(この脱獄劇も直接的には黒ひげの方を悪のようにしてぼかしているが、やってる事は、まあ、同類である)


 要するに、ここでの「悪」はルフィたちなのだが、ここにおいて、ワンピース世界に通奏低音のように流れていた「でも、海賊って悪じゃね?」という事が明確に示され、あれほど「悪」として描かれたクロコダイルも仲間っぽくなる事によって、ルフィたちは「悪でもある」という描写を成立させているのが、この世界の「敵」の描き方の特徴である。


 こうした相対化がワンピースの白眉なところであろう。この点に関しては、かなりアナーキーな存在としてドフラミンゴを配置して強調しているのもうまい所である。


 ちなみにワンピース世界では最終目標が「一番自由な奴が海賊王」と描かれてる事から、かなり明確にアナーキーな世界観が描かれており、警察権力=大人が目の上のタンコブのように描かれるある種の少年マンガの王道=不良漫画的な構造をしているのも特徴的である。


 また、ついでに言うと、バギーは特にインペルダウン編において完全にルフィと対比させられていて、バギーの行動は自分本位だが時流に乗ってすぐ行動を変える結果、多くの仲間が集まっていくが、ルフィは仲間想いで信念があり仲間を見捨てられないが故に、仲間が増え、ある意味それに縛られていくような感じも少しある。(子分盃はそれを逸らす話だが、結果的には仲間想いであるが故に見捨てる事はない=縛られるのではないか。この後の展開にもよるが)


 ここにおいて、ワンピースの主題が「自由」であるとしたら、バギーの方が自由なのでは?というのがこの作品の思想を広くしている所でもあり、相対化されている所ともいえるだろう。


 両者の仲間の集まり方という意味でも対立がある。バギーの方がどちらかというと敗者=名も無い存在を束ね、ルフィの方が強者=名のある存在を束ねているのは示唆的だ。この点において、多くの弱い海賊を仲間にしないルフィに比べて、実は情の薄いバギーの方が結果的に多くの海賊を救っているのではないか?という構図が湧いてくる。

 

 ワンピースは作者がロスジェネ世代で特に初期の方はその影響がちらほら見受けられるが、ルフィが古き良き任侠的な世界観で「濃い」仲間を作っていくのだとしたら、バギーは「薄い」縁者を取り込んで派遣会社をやってるあたり、時代の影響が色濃く出ているとも言えるだろう。バギーは最初からのキャラなので、多分、この対比は最初からの大まかな構想なのではないか。(アルビダが仲間になってるので途中からかもしれない)


 話は逸れたが、インペルダウン編の描写は、この後、ヒロアカで脱獄が絶対悪のように描かれるのと正に対称的な描写である。逆にいえば、先行するワンピースの描写があってこそ、ヒロアカの描写が考え出された可能性もあるのかもしれない。


 つまり、ワンピースのような相対化ばかりだと悪が曖昧で不味いだろう?という次のターンの作品がヒロアカであり、鬼滅であると言えなくもない。そして、今の思想の潮流も基本的にそういう傾向にあると思うが、こうした事が今後ワンピースにも反映されるのかどうか?


 もちろん、ワンピースは未だ連載継続中であり、この「答え」にどのような結論を出すのかは作品の最後を見届けるまで待たなければならないが、話の展開からおそらく何らかのどんでん返しがあって、より相対化された話になりそうな所をどう見せていくのか?というのも見ものではある。

 

 

==以下、余談(若干のネタバレ感あるかも)

 


 カイドウが思いのほか悪として描かれたのがもしかしたらその反映かもしれない。カイドウとキングとのエピソードは若干、ルフィと合わせ鏡的な話だが、結果、カイドウは悪に至っているというルートでルフィの現在を完全には肯定していない気もする。そして、イム様の存在が後付けなのか最初から考えてたのかは、ちょっと気になる所だ。あと、モリアが何気にバギーと同様、敗者=死者を束ねる存在として、バギーと対比させられる気がする。


 
==余談2

 

 ワンピースは構造的にMCU(マーベルシネマティックユニバース)と似ている点も面白い。単体でも分かるまとまった話があって、最後にちょっとだけ次の展開をチラ見せして、全体の話を進めていく構造だ。その上で、それぞれ頂上戦争とエンドゲームという集約点を作って盛り上がりを作った所も似ている。


 映画と比較すると時系列的にはワンピースの方がだいぶ先だが、2010年代の日米最大級のヒット作が同じような構造をしているのは時代的な特徴でもあるだろう。そして、言うまでもなく、ヒロアカはワンピースにも影響を受けているかもしれないが、MCUにも多大な影響を受けている作品ではあるので、MCUについてもまた後で書く(予定)。

 

====

 

 

 以上。最初なので、長くなってしまった。あとで加筆修正するかも。