レビューとメモ

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SAKAMOTODAYS

 ジャンプの最新系として「SAKAMOTO DAYS」について書く。略称はサカモトの方がしっくりくるが、主人公の個人名が「坂本」で分かりづらいので、以後「サカデイ」と書く。


 ジャンプの最新系と書いたが、ここ数週間で、もはや「あかね噺」や「ルリドラゴン」の方が最新系っぽいけど、その二つはバトルものじゃないのとまだサカデイほど人気が確定的じゃないので、とりあえず置いておく。


 基本的にサカデイはロケーションを活かした戦闘描写が特徴のバトルもので、ある種、ドラゴンボールぐらいあまり考えずに読める漫画だが、構造的には、結構、最新系(もしくは現行の人気漫画のオルタナティブ)の部分もあるのではないか。その事について。


 サカデイのストーリーは、そもそも謎だらけのまま進行しているが、現在では、謎の殺し屋組織(殺連)のORDERと謎の殺し屋組織X(スラー)が対立しており、それに元ORDERの坂本(商店)が巻き込まれているというのが大体のストーリーだ。


 基本、この世界には謎が多く、その謎解きも話の引っ張りどころではあるのだが、これはワンピースとは何か?Dとは何か?が引っ張りどころのワンピースと構成が近いかもしれない。2つの強い組織があって、互いに対立して争ってるのも海賊同士のバトルに近いといえば、近い。連載が伸びれば、だんだん組織が増えていく展開もあり得るだろう。


 ORDERは殺し屋だが、その名の通り、秩序を与える存在で、言ってしまえば、ワンピースの七武海みたいなものである。ORDERのメンバーは一人一人が強キャラで、深掘りすることにより、無限に話が続きそうなところも似ている。


 Xは、今のところ、ほぼ全く何か分からないが、描かれ方としては反体制みたいな感じで、基本、あまり両者の善悪の判別はつかない。描かれ方としてはX側が敵なのだが、今のところ、どう見ても、Xの方が弱くゲリラ的で、あまり強悪感が無い。そこも特徴だろう。これは呪術の羂索のあり方にも近いかもしれないが、今のところ、ああいう明確な意思が描かれておらず、まだかなり戦いの理由が謎のままだ。


 主人公は殺し屋からリタイアした大人で達観しており、(擬似も含む)家族を守るのが目的の受動側である。「海賊王に俺はなる!」とか「世界最強になる!」のような能動的な目的はなく、懸賞金をかけられて仕方なく出てくる敵に対処してるだけなので、かなり被災者的である。描写も破壊が多く、ロケーションを丁寧に書いてる所は呪術にも近い印象だが、これは東日本大震災を経験した日本的な描写となっているのではないか。


 殺し屋の話なので警察はどうかというと、最初の方にちょろっと出てきたので、いるにはいるが、ほとんど機能していない。ここが海軍のいるワンピースと一番の違いとなる。そして、ヒロアカとの明確な違いでもある。つまり、サカデイの世界はヒーローも公権力も機能していないアナーキーな世界である。ここが特徴だろう。


 全体的にコメディタッチに描かれてるからそうは感じさせないが、殺し屋達の争いは明確に市民生活に浸食しているので、これはいわばヒロアカでいうところのAFOの支配する世界に近い。ヒロアカでは死柄木の話の中で、わずかに超常能力社会が加速する世界を想起させているが、ヒーローなき世界でも悪同士故の対立は起こり、結局、力の優劣で秩序が決まっていく世界が起こり得る事をこの漫画は先んじて(というか、ヒロアカはヒーロー側が勝つだろうからオルタナティブとして)描いているとも言える。まあ、ORDERはAFOほど嫌なやつに描かれてないのでヒーロー的な面もあるが、この秩序を崩せる存在がないという意味で支配的だし。そもそも、この構図からいくと逆にゲリラ的なX側が正義のようでもある。


 また、ヒロアカとの対比で言うと、シンがデク的で、主人公の坂本がオールマイト側と年齢層が真逆なのも興味深い。これは高齢化したジャンプの年齢層を反映しているような気もするが、その分、話がリアル寄りになって大人な話が出来ているというのもあるだろう。

 

 坂本は、元最強の殺し屋で、シンはそれに憧れる存在だが、両方とも元殺し屋なので、普通に考えれば、過去に治安を悪くしていた側となる。この辺のフォローはのちに語られる気もするが、設定の時点で坂本が単純なヒーローとなるには無理があり、この点においても、坂本を狙ってるX側が今後、完全に悪となるかどうかが分からない所が巧い所ではある。こうした配置で現行のジャンプ看板漫画に比べて、善悪の価値観をうまく漫画から排除している所がサカデイのオルタナティブなところと言えるのではないか。(但し、スパイファミリーにはちょっと近いかもしれない。その意味でも最新系っぽい)


 「ヒーローとヴィラン」というのはバトル漫画の基本的な構図であり、ちょっと前はヒーローの暴力性に着目し、その構図自体に疑念を投げかける作品が多かった。ヒロアカ も鬼滅もそういう面があるし。アメリカでいえば、「JOKER」や「THE BOYS」など、その二項対立の善悪自体に懐疑を投げかける作品も流行ったりしている。


 しかし、ここから、アメリカの一部はMCUのフェーズ4のようなマルチバースに行ったのだとして、サカデイは、その「外側の人間」を描くことにより、ヒーローもヴィランも「どちらも」災害的なのだという構図を示しているようにも見える。


 これはある意味「チェンソーマン」にも似た構図だが、デンジが色々ありながらも体制側に所属していたのに比べると、坂本は最初から自分の力のみに頼り、家族から頼られる存在として一貫して小さなコミュニティを守る事に終始している所が先行作品との大きな違いだろう。


 これはかなり現実世界の被災状況下での自分の身は身内で守るしか無いという感覚を強調しているのではないか。その意味ではこれは夢のない世界だが、その分、ある意味ではリアルな所もあり、現在の高齢化した少年マンガ状況の最新系と言えなくもないのではないかと思う。今後どのような展開をしていくのか、楽しみにしていきたい。


 (ついでに言っておくと、チェンソーマン2部はサカデイ的な公権力の機能しないアナーキーな展開になるような気はする。というか、1部の最後の方が既にそうかもしれないけど。あと、ルリドラゴンの主人公が竜化してるのに周りが平然としてるのはサカデイに通ずる所がある気がする。完全な余談だが。)